マイ・ブックストーリー|米倉誠一郎氏インタビュー
valuebooks

東京新宿生まれ。
現在、一橋大学イノベーション研究センター教授、アカデミーヒルズ日本元気塾塾長、プレトリア大学日本研究センター顧問、『一橋ビジネスレビュー』編集委員長。
一橋大学社会学部(1977年)・経済学部(1979年)卒、同大社会学修士(1981年)。ハーバード大学PhD(歴史学博士、1990年)。
企業経営の歴史的発展プロセスを戦略・組織・イノベーションの観点から研究。著書に、『経営革命の構造』(岩波新書)、『企業家の条件』(ダイヤモンド社)、『脱カリスマ時代のリーダー論』(NTT出版)、『創発的破壊:未来をつくるイノベーション』(ミシマ社)、『オープン・イノベーションのマネジメント』(有斐閣)、『二枚目の名刺 未来を変える働き方』(講談社+α新書)など多数。

チャリボンは㈱バリューブックスの書籍買取機能を活用して、さまざまな分野で社会的な課題の解決をめざす団体に、贈られた本の買取金額を寄付金として届ける事業です。皆さんが持ち寄る本の力で人々の生活と社会を変えることがチャリボンの目指すところ。
このコーナーでは様々な方々に本とNPOについて語っていただいています。今回は、営利、非営利組織を問わず経営戦略に深い知見をお持ちの一橋大学教授、「日本元気塾」塾長・米倉誠一郎さんに「本と寄付」というテーマでインタビューをお願いしました。本について語ることが同時に人生を、さらには経営戦略を語ることになれば素敵です。本を読むことで人生は変わるのでしょうか?

僕はね、本が嫌いな子どもだったんですよ、いまでも嫌いだし(笑)。学校が終わったら、ランドセルを投げ捨てて、野球をやって、漫画を読んで、駄菓子屋に行って、家に帰ってご飯食べて、寝るっていう。そういう子ども時代だったのです。ただ、小学校6年生のときに、たまたま世界文学全集で、ビョルンソンの『日なたが丘の少女』というのを読んで、「おお、本って結構面白いな」と思ったんですよ。で、それから小説をたくさん読むようになって……アメリカやイギリスの小説が多かったかな?ただ手当たり次第。シリトーの『長距離走者の孤独』とか、サルトルの『神と人間』とか、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』……特に、サリンジャーは衝撃でしたね。触ったらヒリヒリする、青春の擦りむけた傷跡みたいな感じというのでしょうか。これはすごいと思い、小説家に憧れました。実は、本ではないのですが、その頃ビートルズという衝撃の出会いもありました(笑)。
で、高校の時は音楽家と小説家になりたいと思っていました。その後、一橋大学の社会学部に進学するのですが、そんな時に司馬遼太郎の『竜馬がゆく』と出会うんです。明治維新というのは、日本の歴史において、ものすごい出来事ですよね。それまで、ちょんまげを結っていた人間が、突然世界の近代化に接して、中央集権国家の官僚やインターナショナル・ビジネスマンになってゆくんですから。ある意味、日本の中にパラダイム・チェンジが起こったわけです。で、教養課程でやっていた音楽と小説に見切りを付けて(結局才能がないということに気づいたということです)、三年生に進学するのです。そのゼミ選択では、『竜馬がゆく』の影響もあって、幕末経済や一揆の研究をしているマル系日本史の研究室に入りました。その頃は、古文書なんかも読んだのですよ。そこで僕は、幕末明治維におけるセメント企業の研究をするのですが、そこから企業経営の歴史に深い関心を持つようになっていきました。これが経営史というジャンルとの出会いですね。
そうこうするうちに、小野田セメントを研究していた産業経営研究所(現イノベーション研究センター前身)の先生に出会い、ひょんなことから産業経営研究所に助手として拾われるのです。後から分かったのですが、それは当時『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』で一躍脚光を浴びていた野中郁次郎先生との抱き合わせ人事だったのです。右翼と左翼の中和作戦という奴でした。ところが、相反すると思われていた二人ですが、意気投合してしまったのです。これも本当に衝撃的な出会いでした。で、その野中先生からある日、「君はアホだから、アメリカに行ったほうがいい」と言われたのでした。その頃、僕はもうひとつの衝撃に遭遇していました。それは、アルフレッド・チャンドラーの『組織は戦略に従う』という著作との出会いでした。この本はすごかった、これこそ歴史を科学にまで昇華した名著であり、とてつもない感銘を受けていたんです。職能組織から複数事業制に至る変遷を辿りながら、歴史的事象を普遍的な経営論理を構築した本です。
野中先生から「アメリカに行け」といわれた時、僕は迷わず「ハーバード大学のチャンドラー先生のところに留学して、そこで博士号を取るんです」、とあり得ない言葉を口走っていたのでした。この衝撃的出会いが重なった結果としてのアメリカ留学がなければ、僕のその後の人生はまったく違ったものになったでしょうね。この時の博士論文がマクミランから出版された「The Japanese Iron and Steel Industry: Continuity and Discontinuity」、です。こうして真面目な歴史研究者になるはずだったのですが、さらなる衝撃的本との出会いがあるのです。それが、トム・ピーターズとロバート・ウォータマンの『エクセレント・カンパニー』でした。この本に書かれているのは、結局、企業というのは人間なんだということなんです。エクセレント・カンパニーの本質は、人間にあると。この本を読んだときの高揚感も本当にすごくて、それで僕は『戦略的国家・企業・個人を求めて』や『勇気の出る経営学』という本を書いていくことになります。これは完全にトム・ピーターズたちに影響されたものですね(笑)。

本っていうのは、エキサイトメントを伝えるものだと、僕は思っています。以前、僕が『経営革命の構造』という本を出したときに、「これは若者の心に火をつける本だ」と書評されたことがありますが、それは本当に嬉しかった(笑)。というのも、結局自分もいくつかの本に火をつけられた身だったからです。楠木建くんの『「好き嫌い」と才能』という本の1章で彼と対談したときに、彼が僕のことを「スイッチを入れるのが好き」と表現してくれました。確かに、僕は他人のスイッチだけじゃなくて、自分のスイッチも入れられるのも好きなんです。寝ながら本を読んでいたのに、ある文章を読んで「おっ!」って気合いが入って、思わず立ち上がっちゃうようなことってあるじゃないですか。そういう感覚が、僕は大好きなんです(笑)。
その意味で言うと、忘れもしない1992年シリコンバレーを訪れたときのことも、とても衝撃的でしたね。それまで僕は、東海岸のボストンで経営史の勉強をしていた訳ですが、西海岸のシリコンバレーでは、まったく違う新しいゲームが始まっていたんです。世界中のコンピューターを繋げてこの世界を変えようっていう、若者たちによる新しいムーブメントが。そこから僕は、ニュービジネスとアントレプレナーシップ(企業家精神)を称揚する、「ベンチャーおじさん」になったんです(笑)。
火をつけられた本でいえば、最後にもう一冊挙げなければならないのは、グラミン銀行でノーベル平和賞を獲ったユヌス博士の『ムハマド・ユヌス自伝――貧困なき世界をめざす銀行家』です。来日した彼と対談したことがあるんですが、話をしながら自分の内側から熱いものが溢れてきました。まさにカチッとスィッチが入った瞬間でした。それぐらい感じるものがあったんです。彼の母国であるバングラデシュは、最貧国として世界中の国々から何兆円も援助を受けてきたわけです。しかし、貧困は一向に改善されない。ユヌス博士は、先進国からもらう何百億ドルよりも、個人の尊厳を認めて貸し出す50ドル、100ドルの方が、よっぽど貧困の解消に役に立つんだと悟るわけです。そこで彼は、「マイクロファイナンス」という概念をベースにまったく新しい銀行を立ち上げたのでした。
その話を最初に聞いたときは、本当にぶっ飛びましたね(笑)。シリコンバレーでもぶっ飛んだけど、「マイクロファイナンス」の概念にも、ぶっ飛びました。「ソーシャル・ビジネス」っていうのは、こういうことを言うなんだなって。そこで、博士に学生を100人バングラデシュに連れて行くと約束し、実行しました。
つまり、今日挙げた本というのは、結局僕の中にある『点けられた火』の変遷なんですね。サリンジャーに火をつけられ、竜馬に火をつけられ、チャンドラー博士とトム・ピータースに火をつけられ、とうとうユヌス博士にも火をつけられた。今、こうしてイノベーションを核とした企業の経営戦略について話したり、人間と経営の本を書いたりしているのは、すべて僕に中で点けられた火の変遷なのです。というふうに、僕の読んできた本たちは一見バラバラなようでも、自分の中では全部繋がっているんですよ。僕は、こういう本の影響を受けて、こういう経歴を辿ってきましたよと。

バリューブックスさんがやっている「本と寄付」の話は、非常に面白いと思いますね。いいじゃないですか。そう、チャンドラーの本の中に、企業も人間もそうなんですけど、経営資源や人材、お金、情報が、どんどん蓄積されるようになったら、それを多角化して違うものに利用しなさいという一節があるんです。これがいわゆる「関連多角化」であって、それが「企業成長」なんだと。「本と寄付」の話を最初に聞いたときに、僕はすぐにこの話を思い出しました。つまり、基本となるビジネスモデルは変わらないわけですよね。全国から本を集めて買い取ると。ただ、その買い取り額を、その人ではなく、その人が支持するノンプロフィットオーガニゼーションに渡すわけです。つまり、従来の業務で蓄積された経営資源を多重利用しているという。最近の言葉で言えば、プラットフォーム戦略ですよね。で、それを営利的なビジネスに繋げるということもやれば、それを非営利的なビジネスにも繋げることもやると。そういう意味では、これもひとつの「ソーシャル・イノベーション」なんですよ(笑)。僕は最近、『2枚目の名刺 未来を変える働き方』という本を出したのですが、そこで言っていることも、ほとんど同じです。教育の問題とか貧困の問題とか、今日の世の中にある社会的な課題を解決するために、プロフィットオーガニゼーションで蓄えてきた知識を、ノンプロフィットオーガニゼーションで使いましょうよと。そういう意味で、「2枚目の名刺」なんですよね。社会的な問題を、政治や規律、権力といったもので変えるというのは、共産主義や社会主義の国々で、もう一回やってきたわけです。そして、あまり上手くいかなかった。だからこそ、社会的課題をビジネスで解決するっていうのが、まさしくニューフロンティアなんだと僕は思うんですよね。

[ インタビューを聞き終えて ]

まさかの「本が嫌い」発言から始まる波乱のインタビューになってしまいました。人生の節々で本と人との出会いによる変遷があって、それらが全て繋がって米倉さんの物語がつくられているんですね。「心に火をつける本」に出会うことで米倉さん自身の意識が変わり、「スイッチを入れられるのも、入れるのも好きな人」に。本が人を変え、その人が社会を変えていく。1冊の本の力を信じたくなります。 バリューブックスの「2枚目の名刺」であるチャリボンが本当の「ソーシャル・イノベーション」になるのは、勿論これからの活動次第です。みなさんと一緒に、一歩一歩あゆんでいきたいと思います。

インタビュー・テキスト:麦倉正樹

ライター/インタビュアー/編集者。「CUT」、「ROCKIN’ON JAPAN」誌の編集を経てフリーランス。
音楽、映画、文学、その他諸々について、あちらこちらに書いてます。最近はブックライター的なお仕事も。
基本フットボールの奴隷。

撮影・「インタビューを聞き終えて」:バリューブックス